日本では中でも朱子学が正統として尊ばれていた
幕府は、朱子学者である林羅山(はやし らざん)を登用し、
これを継承する林家は朱子学を祖述していた
林家で学問を教えていたため家塾とよばれるようになった
教育の内容は漢学のほか国学(皇学)などをおき、
また幕末には洋学や西洋医学を加えるものも多くなっている
また、武芸の教育も行ない文と武の施設をあわせもつものも多かった
教育は漢学特に儒学が中心であったが、
当時における漢学は一般に経・史・詩文を学ぶべきものとされ、
著名な経書・史書・詩文家集などが教科書として使用された。
儒学の教科書としては孝経、四書(大学・中庸・論語・孟子)、
ついで五経(易経・書経・詩経・春秋・礼記)などで、
入門書としては千字文や三字経なども用いられた。